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2012年2月27日月曜日

くまもと森都心プラザホールでピアノ・トリオ演奏会 ヘルムヘン&エーベルレ&団十郎

指揮者は確か、ノリントンさんなのだろうけれどもベートーヴェンの《トリプル協奏曲》をNHK交響楽団と共演するために、マーティン・ヘルムヘン(ピアノ)、ヴェロニカ・エーベルレ(ヴァイオリン)と石坂団十郎(チェロ)が集う。その日の演奏会だけではもったいない。せっかくだからトリオとしてツアーを組んで欲しい。

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と言う希望の元、三人のコンサート・ツアーが実現したそうです。

2012年1月31日火曜日

シューベルト・デイ、マーティン・ヘルムヘンで《ピアノソナタNo.20》を聴いた! 寛いだ! http://amzn.to/xgE0TJ

記憶。想い出の時間の中に、その時の音楽も一緒に記録としてとどめてあることがある。思い出話をしている時に、共通の記憶とは別に自分だけの胸の内で再生が開始されている音楽に漂おうとしていることがあります。
或いは、再び訪れた場所で聞こえてくる様な演奏がある。
そういうのは日頃は意識をしていないけれども、通奏低音の様に日々の風音、電車の走行音の間にいつもあったのかもしれない。

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誤解されないで欲しいけど。あの演奏は良かったねぇ、音が凄かったねぇ。と言った類いのものではないシューベルトが、これ。 http://amzn.to/xgE0TJ
一度聞いて、この演奏家の解釈、伝えたいことが『うん、分かった!』という録音は、音楽談義の中で次々と(記憶の中で)Qだし出来るのだけれども、そうで無い演奏がマーティン・ヘルムヘンが録音したシューベルトに感じます。
録音は2007年のことですし、進化形の演奏家には次の録音に期待しよう。と言ったコメントをつけることもある。でも、5年経って聞き直してみて。これはこれで良いんじゃない。そう再認識しました。

2011年1月31日月曜日

音楽カレンダー☀1月31日、歌曲王シューベルトが生まれる[1797]♬ミサ曲ト長調 D.167

畏敬していたベートーヴェンの陰に隠れ、ただただ彼の成功を応援する友人たちのためだけに作曲をするだけで存命中は貧乏で薄幸の生涯だった。と言われている彼。歌曲王シューベルトの誕生日が、1月31日です。「僕は作曲するためだけに生まれてきたんだ」とシューベルトは言っていたと言いますが、名声には無頓着だったのかどうか当時は作曲してもたいした値段には成らなかったという歌曲。しかもシューベルトの旋律は覚えやすかったので、耳コピーで街中の人に憶えられてしまって楽譜はとんと商売にならなかったとか。

名盤カレンダー、1月31日のディスクは「Mass in G Major」。ミサ曲と言っても荘厳さよりも敬虔さが表面だった賛美歌みたい。敷居の高さはありません。リラクゼーションをクラシックに求めて聴く人が多い昨今、最もふさわしく再注目される時ではないでしょうか? なかでも闘病の末に復活したアバドの指揮でのCDは、マーラーの録音よりも透明感と説得力があります。独唱者にバーバラ・ボニーさんらが揃っていて、耳障り良く。録音もグラモフォン独特のまろやかさ。再認識されて欲しい度:★★★★

2010年11月20日土曜日

からす

鴉 Original Photo via flickr.com

黒い影がずっと着いてくる
身を隠すでもなくそっと
前の街から
わたしの行方を見届けようと、鴉が着いてくる

黒い影は追い越そうとはしない
ショーウィンドウに姿を写す
わたしの様子を
上着の中を値踏みするように、鴉は追い越そうとしない

わたしの脇を車が通りすぎて止まった
突然大きな羽音がして、
身をすくめたわたしを促した
黒い影は真後ろにピタリとついて、わたしを共に先へ促す
 

シューベルトの歌曲集《冬の旅》から第15曲「からす」
詩は、ヴィルヘルム・ミューラー

  
Download now or listen on posterous
D911-15.mp3 (1851 KB)
バリトン:ゲルハルト・ヒュッシュ、1933年録音。

2010年11月19日金曜日

11月19日、歌曲王シューベルトが亡くなった日。SP盤で"未完成交響曲"を聴いてみましょう ①

歌曲の王、フランツ・シューベルトが亡くなった日が今日。1828年の事です。前年がベートーヴェンが亡くなった年で、シューベルトの有名な「未完成交響曲」は1824年の作曲。中学の頃に見た楽聖映画・・・ベートーヴェンやショパンといった作曲家の伝記映画を、戦争前には"楽聖映画"と銘打っていました。わたしが観たのは、図書館での上映だったか、NHKテレビだったか、ローカルの熊本の深夜の映画放送でも観たと思います。熊本の有名な映画評論家さんが前説明をされて、CM無しか、途中で1回か、2回短く1分以内のCMがながれる程度でした。

シューベルトはベートーヴェンを手本にして、交響曲の作曲家を目指していました。指揮者であるとか、諸侯の宮廷音楽家になりたかったようです。しかし時代は、宮廷の音楽からブルジョワジーへと変わっていった時代で父親が運営していた学校の教師を甘んじて従わなければ食事に事欠く次第。ハイドンと同じく、現在のウィーン少年合唱団の前進になる合唱団に在籍していたほどのシューベルトですから、かなりの美声であったと思います。若い頃の肖像は美男子ですね。学校の音楽室で見慣れたシューベルトの肖像は、度の厚いメガネをかけていて美男子とは言えない風体ですけどね。

顔だけではなくて、身体中に吹き出物があったそうです。どうしても音楽家になりたくて、教師の仕事はそっちのけでピアノに向かっていたし、友達づきあいだけは良かったので大人が通うところにも良く通っていたそうです。ウィーンは娼婦宿の有名な地でもあります。川魚とか食べ物も美味しいそうだし、そういった土地は女性の仕事も様々。

 

SYMPHONIE INACHEVEE
(FRANZ SCHUBERT)
GRAND ORCHSTRE SYMPHONIQUE
sous la direction de SELMAR MEYROWITZ
Paris, 1934

PAT 98 matrix CPTX 342-2 / M6-90764
Ⅰ Allegro moderato

写真 via bsrlive.com