指揮者は確か、ノリントンさんなのだろうけれどもベートーヴェンの《トリプル協奏曲》をNHK交響楽団と共演するために、マーティン・ヘルムヘン(ピアノ)、ヴェロニカ・エーベルレ(ヴァイオリン)と石坂団十郎(チェロ)が集う。その日の演奏会だけではもったいない。せっかくだからトリオとしてツアーを組んで欲しい。
と言う希望の元、三人のコンサート・ツアーが実現したそうです。
指揮者は確か、ノリントンさんなのだろうけれどもベートーヴェンの《トリプル協奏曲》をNHK交響楽団と共演するために、マーティン・ヘルムヘン(ピアノ)、ヴェロニカ・エーベルレ(ヴァイオリン)と石坂団十郎(チェロ)が集う。その日の演奏会だけではもったいない。せっかくだからトリオとしてツアーを組んで欲しい。
と言う希望の元、三人のコンサート・ツアーが実現したそうです。
記憶。想い出の時間の中に、その時の音楽も一緒に記録としてとどめてあることがある。思い出話をしている時に、共通の記憶とは別に自分だけの胸の内で再生が開始されている音楽に漂おうとしていることがあります。
或いは、再び訪れた場所で聞こえてくる様な演奏がある。
そういうのは日頃は意識をしていないけれども、通奏低音の様に日々の風音、電車の走行音の間にいつもあったのかもしれない。
畏敬していたベートーヴェンの陰に隠れ、ただただ彼の成功を応援する友人たちのためだけに作曲をするだけで存命中は貧乏で薄幸の生涯だった。と言われている彼。歌曲王シューベルトの誕生日が、1月31日です。「僕は作曲するためだけに生まれてきたんだ」とシューベルトは言っていたと言いますが、名声には無頓着だったのかどうか当時は作曲してもたいした値段には成らなかったという歌曲。しかもシューベルトの旋律は覚えやすかったので、耳コピーで街中の人に憶えられてしまって楽譜はとんと商売にならなかったとか。
名盤カレンダー、1月31日のディスクは「Mass in G Major」。ミサ曲と言っても荘厳さよりも敬虔さが表面だった賛美歌みたい。敷居の高さはありません。リラクゼーションをクラシックに求めて聴く人が多い昨今、最もふさわしく再注目される時ではないでしょうか? なかでも闘病の末に復活したアバドの指揮でのCDは、マーラーの録音よりも透明感と説得力があります。独唱者にバーバラ・ボニーさんらが揃っていて、耳障り良く。録音もグラモフォン独特のまろやかさ。再認識されて欲しい度:★★★★
黒い影がずっと着いてくる
身を隠すでもなくそっと
前の街から
わたしの行方を見届けようと、鴉が着いてくる
歌曲の王、フランツ・シューベルトが亡くなった日が今日。1828年の事です。前年がベートーヴェンが亡くなった年で、シューベルトの有名な「未完成交響曲」は1824年の作曲。中学の頃に見た楽聖映画・・・ベートーヴェンやショパンといった作曲家の伝記映画を、戦争前には"楽聖映画"と銘打っていました。わたしが観たのは、図書館での上映だったか、NHKテレビだったか、ローカルの熊本の深夜の映画放送でも観たと思います。熊本の有名な映画評論家さんが前説明をされて、CM無しか、途中で1回か、2回短く1分以内のCMがながれる程度でした。
シューベルトはベートーヴェンを手本にして、交響曲の作曲家を目指していました。指揮者であるとか、諸侯の宮廷音楽家になりたかったようです。しかし時代は、宮廷の音楽からブルジョワジーへと変わっていった時代で父親が運営していた学校の教師を甘んじて従わなければ食事に事欠く次第。ハイドンと同じく、現在のウィーン少年合唱団の前進になる合唱団に在籍していたほどのシューベルトですから、かなりの美声であったと思います。若い頃の肖像は美男子ですね。学校の音楽室で見慣れたシューベルトの肖像は、度の厚いメガネをかけていて美男子とは言えない風体ですけどね。
顔だけではなくて、身体中に吹き出物があったそうです。どうしても音楽家になりたくて、教師の仕事はそっちのけでピアノに向かっていたし、友達づきあいだけは良かったので大人が通うところにも良く通っていたそうです。ウィーンは娼婦宿の有名な地でもあります。川魚とか食べ物も美味しいそうだし、そういった土地は女性の仕事も様々。
SYMPHONIE INACHEVEE
(FRANZ SCHUBERT)
GRAND ORCHSTRE SYMPHONIQUE
sous la direction de SELMAR MEYROWITZ
Paris, 1934
PAT 98 matrix CPTX 342-2 / M6-90764
Ⅰ Allegro moderato